オホーツク路線バスの旅

稚内〜雄武

北海道で稚内から遠軽までの路線バスの旅をしました。1日かけて5本のバスを乗り継ぐことになります。

稚内駅は言わずと知れた日本最北端の駅。前夜はこの駅前のホテルに宿泊します。 前日は旭川からJR宗谷本線の快速と普通列車を乗り継いで稚内に着いたのです。しかし、稚内で下りたのは私一人でした。乗っていた中学生のグループなど20名ほどの乗客はみな南稚内で降りてしまったのだ。
稚内〜遠軽稚内〜遠軽

稚内駅に降りるのはこれで3回目。前回は駅前のホテルに2泊して礼文島と利尻島を回った。 今回は夕方の早い時間(17時前)に着いたので港まで散歩してみる。稚内港にはこれが稚内だと感ずる「防波堤」がある。島へ発着するフェリーも見ることが出来る。
このドーム型の防波堤はもともと昭和初期に樺太便の発着のために造られたものだが、老朽化のために昭和55年に修復されている。
稚内〜遠軽稚内〜遠軽

今日はこの稚内からオホーツク沿岸を行く路線バスの旅である。このオホーツク側にもかっては鉄道が走っていたが、廃止までに乗ることが出来なかったところだ。 稚内駅から100mほどのところに宗谷バスのターミナルがある。ここの窓口で浜頓別までの切符(¥2120)を買い、9:08発の音威子府行きに乗車します。 このバスは天北線の廃止(平成元年)に伴う代替えバスとして運行されている。 このバスは終点の音威子府で稚内を10:58に出る上り普通列車に接続するようになっている。12年前にはこのバスで音威子府まで(4時間)乗り通したことがあるのだ。 車内には「JR列車の遅れに対応して最大30分遅れて運行することがある」、と表示されている。
今日は日曜日とあってか乗客は出発時は3名、途中から乗り降りがあっても10名になることは無かった。
市街地を出ると、稚内空港の脇を通り、宗谷岬の方には行かないで、内陸に向かって旧天北線沿いに広い草原の中を走ります。道道の広い道だがなぜか路面の起伏が多くて、バスもスピードを落とすのだが上下に揺れます。 30〜40分走ったところから山越えの道になるが、緩やかな峠道で標高は165mほどの稚内市と猿払村の境界を越えます。
稚内〜遠軽稚内〜遠軽

峠を越えた先の猿払村鬼志別では10分ほど停車。この鬼志別ターミナルは旧鬼志別駅跡と思われるが、周囲を見回しても鉄道時代の面影はまったく見られません。 運転士氏も休憩するようなので降りてみます。すると、待合室には鉄道時代の展示コーナーがあり、駅の備品や写真などが展示されていました。ここは猿払村の中心地で役場や郵便局・病院もあるようですが、静かな村です。
時刻表ではここを10:40発となっているが、10分遅れて50分に発車した。乗客扱いが少ないのを予測しての時間調整だろうか。
稚内〜遠軽稚内〜遠軽

鬼志別駅を発車したバスは駅前通りを戻って、国道238号線に出るとオホーツク海が見えてきました。
稚内〜遠軽稚内〜遠軽

本州ではなかなかこのような長い直線道路は見られません。 オホーツク海岸から少し離れて草原の中を行くと、原生花園や飛行場前(飛行場は未成)などのバス停を通過します。まもなく時刻通りに11:39浜頓別に着きます。
稚内〜遠軽稚内〜遠軽

浜頓別のターミナルもりっぱな建物ですが、閑散としていました。2階は図書館になっているようです。この場所も旧駅があったところのようだが、それらしい形跡は無くなっていました。 鉄道時代に1回でも来ていればおおよそ見当はつくかも知れませんが、それも無かったので。。。 でも展示室には古い鉄道用品や閉塞装置、駅の模型などが展示してありました。天北線の開通は大正11年、廃止になったのは17年前のことである。
浜頓別町役場のホームページを見ると、「白鳥と砂金の町」と書いてあります。また「思い出お〜い天北線」のページもありました。 こんな町、また改めて観光に来て見たい感じがします。すぐ西側に見える大きな建物が町役場でしょう。
稚内〜遠軽稚内〜遠軽

ここでは15分待ちで枝幸行きのバスに乗り換えです。かってはここから興浜北線がその枝幸(えさし)まで走っていたのだが、昭和60年に廃止されている。
私一人を乗せたバスは淡々と国道を走り、オホーツクの沿岸道路を走ります。 この先、オホーツク沿いとしては珍しく海岸に山が迫ります。ここはトンネルで通過して枝幸町に入ると一人の乗客が乗ってきました。
稚内〜遠軽稚内〜遠軽

12:40、終点の枝幸ターミナルに着きました。ここには興浜北線の終着駅「北見枝幸」があったはずのところだ。 しかし、ターミナル内では食事の出来るところも売店も無い。時間も無いし、仕方がないのですぐ道路の向こう側にある大型スーパーで菓子バンを買います。
ここでは13:00発の雄武行きに乗り換えです。 私ともう二人を乗せたバスはオホーツク沿岸をひた走ります。この枝幸・雄武間は旧興浜北線と興浜南線の真ん中で、鉄道の路盤工事は進んだが鉄道が走ることが無かった未成区間である。
稚内〜遠軽稚内〜遠軽

14時過ぎに道の駅「おうむ」と併設された雄武ターミナルに着きました。
広い待合室には旧興浜南線の在りし日の姿が写真パネルで展示されていました。ここは昭和60年に廃止された興浜南線の終着駅の跡地である。クルマでの来訪が多く比較的賑やかなところです。
稚内〜遠軽稚内〜遠軽
雄武〜遠軽

雄武からはバスが北紋バスに変わります。そのためか紋別行きの接続が悪く、1時間以上の待ち合わせで15:20発の紋別・南高行きに乗車となります。
稚内〜遠軽稚内〜遠軽

途中の興部(おこっぺ)ターミナルは道の駅になっていました。興部はかって興浜南線と名寄本線との接続駅でした。 この名寄本線には1回だけ乗ったことがあるのだが、通過しただけだったからあまり記憶が無い。その名寄本線は平成元年に廃止になっている。
紋別ターミナルには16:32に着きました。
稚内〜遠軽稚内〜遠軽

紋別ターミナルも旧駅の跡地のようですが、ここも面影はまったくありません。裏の交番の脇にSLの動輪が保存されていました。
ここでは50分待ちで最後のバス、遠軽行きにに乗車します。
稚内〜遠軽稚内〜遠軽

左に紋別空港を見ながらさらにオホーツク沿いに進み、時間も18時を回ったところで湧別の市街に入り、内陸側に向かいます。中湧別のターミナルです。ここは上湧別町、ターミナルは道の駅と併設になっています。
稚内〜遠軽稚内〜遠軽

この中湧別の脇には車窓から鉄道資料館が見えました。跨線橋とホームが保存されているし、ラッセルや貨車も保存されているのがバスの中から見られました。ここはかって名寄本線と湧網線の接続する中湧別駅だったのです。
また近くにはチューリップ畑があり、賑わっています。
稚内〜遠軽稚内〜遠軽

遠軽町の市街に入ってきました。バスは定刻よりも少し早く18:40に遠軽に着きました。このバスターミナルは遠軽駅からは200mほど離れていました。
稚内〜遠軽稚内〜遠軽

JR遠軽駅は一段高い位置にあり、駅舎は古い木造ですが橋上駅のような感じです。 駅の跨線橋から湧別方向(旧湧網線の廃線跡)を見ると線路が続いているように見えますが、すぐ先で途切れているのです。 途切れた先で、かっては旧名寄本線もこの駅と繋がっていたのです。 石北本線はこの駅では上り下りともスイッチバックして網走または旭川・札幌方面へ向かって行くのです。
稚内〜遠軽稚内〜遠軽

・参考バスダイヤ
 稚内09:08−−11:39浜頓別11:55−−12:40枝幸13:00−−14:07雄武15:20−−
 16:30紋別17:20−−18:43遠軽

・料金 2120+700+1930+1210+1270= 計\7230
<平成18年5月>



Copyright (C) 2006 JA1KLB
inserted by FC2 system