奥州街道・栃木路を行く

宇都宮〜白沢宿へ

朝の8時20分、JR宇都宮駅に降り立ちます。今日は氏家までの街道を歩く予定です。
駅前の北よりの道を行ったところの交差点(博労町)が奥州街道です。直進すれば宇都宮宿の中心に行きますが、右の北方向へ向かいます。 交差点の右角には大きな古い蔵作りの商家が保存されています。明治時代建築の醤油や肥料を商売していた篠原家で市の文化財に指定されている。
宇都宮宇都宮

12月となるとやはり日陰は寒いです。日の当たる左側の歩道を行くことにします。 県道となった街道のバイパスは右へ別れますが、旧街道の県道は直進します。朝の時間帯はクルマも混雑しています。 すぐ先で東北新幹線をくぐります。
大きな門構えのある家がありました。
宇都宮宇都宮

松の木はかつての面影でしょうか。
宇都宮駅前から1時間以上歩いたところで、やっと住宅街を抜けて家並みが切れました。左を見ると日光の山々が綺麗に見えます。
宇都宮宇都宮

海道という地名の所に入ってきました。街道からとったのでしょうか。
緩やかな坂道になりました。バス停名を見ると椎ヶ坂という坂のようです。この街道は急な坂道は無いので歩くには楽です。 この坂が宇都宮市と河内町の境界で、ここから河内町に入ります。
宇都宮宇都宮

この先でバイパスが左に別れますが、街道はずっと直進します。
勝善神という碑が立っています。これはどんないわれがあるのでしょう。
宇都宮宇都宮

白沢から氏家へ

河内町役場を右に見てから「やげん坂」を下ると白沢宿に入ります。突き当たりを左折します。
白沢宿白沢宿

水路には鯉が泳ぎ、各家には屋号が掲出され、古い建物は少ないがなかなか雰囲気があります。
白沢宿白沢宿

宿場の説明板もあります。
(左の写真はクリックすれば拡大します)
白沢白沢宿

本陣跡前を過ぎると、街道は右に曲がります。
白沢宿白沢宿

橋を渡った先を直進すると田園地帯に出ます。見える山並みは那須連峰でしょうか。
白沢宿白沢宿

さらに鬼怒川の支流の西鬼怒川を渡って行きます。このあたりの道筋は少し街道とは違うようで、今は圃場整備により街道はほぼ真っ直ぐになっています。
白沢宿白沢宿

まもなく鬼怒川の堤防に突き当たるので、堤防に上がって左方向に向かいます。
白沢宿白沢宿

堤防の左下の森あたりに一里塚があったらしく、右に下りる道あたりがこれから鬼怒川を渡る旧街道の道筋なのでしょうか。 もう少し堤防を行くと阿久津大橋のたもとで車道に出ます。
白沢宿白沢宿

鬼怒川は川幅が広いので阿久津大橋は長いのですが、歩道がありません。歩く人はあまりいないと言うことなのでしょうか。街道はすぐ下流あたりを船で渡ったのでしょう。
白沢宿白沢宿
橋を渡るとさくら市に入り、旧氏家町の上阿久津です。旧国道4号線に突き当たるので、左に行きます。 高速道路が無い頃はクルマでの日光や福島方面へはこの道を通ったのです。
白沢宿白沢宿
緩い坂道を上った先に歩道橋と靴工場があり、そこから旧街道は旧国道から離れます。この部分はこの企業に払い下げられたのでしょうか、今は入れません。
そのまま旧国道を少し行くと左側にレストランがありました。時間は1時です、ここで昼食にありつきます。 尚、レストランの裏には勝山城跡があります。
氏家氏家

氏家宿の先へ

昼食休憩後1時30分、再度歩きを続けます。レストラン前で旧国道4号を右折してすぐのところに旧道跡が出て来ていますが、柵があって入れません。
氏家氏家

旧道跡の延長線上の農道となった街道を行きます。さらに国道4号線バイパスを横切って行きます。
氏家氏家

ここで久しぶりに街道の案内標識がありました。東北本線の踏切も奥州街道の名前が付いています。
氏家氏家

小さな石仏もあり、その先で道が突き当たります。
氏家氏家

その交差点に道しるべと石仏がありました。ここを右に行くのは水戸へ出る街道です。
(右の写真はクリックすれば拡大します)
氏家氏家

左折すると氏家宿に入ります。
街道は道路標識の佐久山方面の信号を右折します。 また宿内から左に入ったすぐのところにJR氏家駅があります。さくら市役所も近くにあるようです。それにしてもさくら市と聞いたときはどこにあるのかと思ってしまいます。昔からの地名は残せなかったのでしょうか。
氏家氏家

時間はまだ2時を少し回ったところなので、もう少し先に行ってみます。
表門のりっぱな家が2軒並んでいます。
氏家氏家

まもなく国道293号線バイパスと合流してその国道を行くようになります。尚、国道293号は栃木県足利市から茨城県日立市を結んでいる国道です。
氏家氏家

田園地帯に出て右には麦畑、左側遠方には雪化粧の山が見えるようになります。
氏家氏家

民家の敷地内に「狭間田の一里塚」があり、標識も立っていました。ブロック塀越しに覗いてみると小さな塚があり、その上には祠が建てられています。
氏家氏家

さらに進んでいくと国道は右に急カーブしますが、街道は直進です。
氏家氏家

そこの道路右側の自動車修理工場前には石仏群と「明治の水準点」としてこの大黒天の土台石に「水」と刻まれている旨の説明板がありました。 この場所の海抜は158mとのことである。意外と低いのです。
直進する旧街道方向を見るとちょっとした山越えのようである。しかし時間もまもなく4時になるので、ここで路線バスを待って氏家駅まで戻ることにします。
氏家氏家

<平成18年12月>

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