信州街道・万騎峠2

万騎峠〜狩宿

旧街道の下りは説明板のすぐ脇を下りていたと思われるのだが、薮でちょっと入れない状態なので緩やかな車道を大きく迂回して下ります。
万騎峠万騎峠

20分ほど車道を下って行くと、右に直角に入る山道がありました。地形図ではもう少し先に道があるようになっているのだが、その地図通りの道はありません。 ここを入るのが旧街道でしょう。
万騎峠万騎峠

轍が深くて歩きにくい道をしばらく行くと、写真ではわかりにくいのだが、廃道のような掘り割りがまっすぐ下るところがありましたが、薮で通れないので轍のある道をそのまま行きます。
山道に入ってから15分ほどで舗装の車道に出ました。先程の車道が大きく迂回して来て合流です。
万騎峠万騎峠

沢を左に見ながら車道を少し下っていくと十字路がありましたが、標識も無いし何とも書いてありません。 地形図にも載っていない道ですが、旧街道であることを予想して左の道に入ります。
この道は整備されているようで歩きやすい山道です。小さな沢を渡り、その先でちょっとした峠を越えます。
万騎峠万騎峠

林に囲まれた中を行くので日陰で涼しいのですが、見晴らしはまったくありません。しばらく行くと左に急坂で下る道を分けますが、車も通れる道の方を行くと沢のところで合流します。 沢には橋は架かってないが、流量が少ないので難なく渡れます。
万騎峠万騎峠

狩宿の民家が見えてきました。ホッとするところです。
まもなく右から下って来た車道と四差路で合流です。
万騎峠万騎峠

ここで時間は2時を回りました。石仏があり、「No.41道祖神」と表示され、方向案内標識も立っていました。
古い家もあり、静かな良い雰囲気の集落です。倉のある民宿になっている家もありました。
万騎峠万騎峠

狩宿〜小代

狩宿を後にして車道を下って行きます。急坂を下るところでは車道は付け替えられているようですが、旧道の道筋は通れません。下で合流するところで少しだけ道型がわかりました。
万騎峠万騎峠

橋を渡った先で右に上る道が分かれていました。草道ですが、草の下は舗装になっています。これは旧道でしょう。
万騎峠万騎峠

上り坂の途中の傍らには草の中に苔むした石仏もありました。形が丸い石仏です。
万騎峠万騎峠

車道に合流するとまもなく、応桑新田の宿です。
石仏群がありました。
万騎峠万騎峠

突き当たって左に行くと宿場町の雰囲気が結構残っているところです。 ここには応桑バス停がありました。
万騎峠万騎峠

宿の外れに狩宿本陣と関所跡の碑が立っていました。本陣は無住となって荒れているのが残念です。 ちょうど本陣の家主の人が庭におられたので話を聞くと、古い本陣の家は住みにくくなったので、隣に新しい家を建てて住まわれているとのことです。 また東側の一部は新居のために切り取られてしまっているのです。
それにしてもどうしてここに狩宿本陣があるのかわかりません。
万騎峠万騎峠

街道は本陣の前で右に曲がります。
その先では国道146号線を横断して西に向かいます。
万騎峠万騎峠

改良された広い車道を20分ほど行くと、変形十字路(主道は緩く右カーブする)があり、直進の「アテロ」方向へ入ります。カタカナの地名は珍しい。
右に石仏(馬頭観音)を見ると畑や人家は無くなり、カーブする坂道を下ります。
万騎峠万騎峠

下りきったところに1件の民家と石仏がありました。小代集落ですが、今はほとんどの家が上の方に移住したようです。
尚、ここの集落を草軽電鉄の廃線跡が通っているのだが、歩けるところは少ないようです。駅跡もはっきりとはわかりませんでした。
万騎峠万騎峠

橋を渡った先の作業場のようなところの脇で右の山道へ入ります。ここも地形図には載っていません。
万騎峠万騎峠

草木の茂る廃道に近い道を行くと、ついに川に突き当たるような感じで進めなくなりました。 たぶん旧街道はこの川に沿うように行っていたと思われますが、崩れてしまったのでしょう。
地図を見るとここから先へ迂回するにはアテロか、先程の広い車道を迂回するしか無さそうです。
時間は4時少し前です。今日はここまでとし、応桑まで1時間かけて戻ることにします。 応桑バス停で17:05発の草軽交通の長野原駅行きを待ちます。
万騎峠万騎峠

<平成18年6月>




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