蔦木宿から青柳へ

蔦木を出て

蔦木宿からさらに西へ向かいます。
国道20号線は追い越し禁止のためクルマはダンゴ状態で来るので、その後は写真のように静かな道になることも多い。 それでも左に田んぼの中を行く道があったので、先の合流点も見えるし、そのクルマも通らないところを行くことにします。
富士見富士見

そして国道に戻った少し先でトライブインの裏側に少しだけ旧道があったので入ってみます。今は民有地と区別が付きにくい感じになっています。
富士見富士見

すぐに又、国道に合流します。
その先で右に上る旧道がありました。この少し手前の左側に一里塚があったようなのだが、見過ごしてしまいました。
富士見富士見

平岡集落への上りで振り返ると富士山が遠望出来ます。これが富士見町の由来なのでしょう。
その先、T字路になったところを左に行きます。
富士見富士見

そこに石仏群がありました。その先で国道から上ってくる車道と合流して進みます。
富士見富士見

机集落の中を道なりに行きます。
富士見富士見

再び下り道になると国道が見えてきます。
街道はかつて右の写真のように立場川を渡っていたようです。
富士見富士見

国道の信号を渡って今は少し上流にある橋を渡って回り込みます。
突き当たったT字路は右へ行きます。
富士見富士見


富士見峠へ

瀬沢集落に入ると大きな蔵造りの家に屋号を掲げた旧家がありました。
文字は読みにくいですが古い道しるべもあります。
富士見富士見

その先は見上げるような急坂を上がって行きます。傍らには石仏もあります。
富士見富士見

集落を抜けると山道となり、右方向に国道が走っているのが見えます。その向こうには八ヶ岳も見えます。
富士見富士見

緩い坂道をカーブを繰り返しながら道は上っています。
富士見富士見

とちの木集落の中で2つの十字路を直進します。この辺りの街道はほぼ道なりに進み、迷うことは無いです。
富士見富士見

石仏群の先に、トチの木風除林の説明書きがありました。この辺りは北からの風当たりが強く、作物が実らなかったため、アカ松の木を植えて防風林にした樹齢200年ものが残っているのだ。 (右の写真はクリックすれば拡大します)
富士見富士見

重修一里塚と石碑がありました。
ここで街道は突き当たってしまいました。街道は直進していたのだが、今は企業の用地になって草地になっています。 ここは左に200mほど行って代替え道路を行きます。
富士見富士見

途中からは砂利道になって雰囲気はいい道です。
富士見富士見

原の茶屋という標識がある集落に入ります。このあたりに街道は出てきていたのでしょう。
富士見富士見

富士見公園となっているところに芭蕉の句碑や庚申塔があり、かつての茶屋か商家のような家も数軒あります。
しかしこの辺りからは家並みや樹林の関係で振り返っても見ても富士山は見えません。
富士見富士見

明治天皇の御膳水がありました。近くには961mという標高表示があり、この辺りが富士見峠なのでしょうか。集落の中なのであまり峠の感じはありませんが辺りは高原です。夏は涼しいでしょう。 国道20号は離れているがその富士見峠はここよりも10mくらい低いようです。
富士見富士見

大きな屋敷の前を通過して集落を抜けると徐々に下って行きます。
富士見富士見

青柳へ下る

しばらく行くと次の神戸集落に入ります。
富士見富士見

ここも直進です。右はバイパスで国道への近道です。まだ4時前なのですが晩秋の日暮れは早く、山あいはもう日が落ちました。
街道は国道沿いの町並みの屋根が見えてきたところで右へ急カーブして下ります。
富士見富士見

カーブの所には左右に石造物があります。
すぐに先程のバイパスと一緒になって国道に合流します。
富士見富士見

神戸集落は宿場町ではありませんが、大きな古い屋敷などで町のような感じになっています。この北側に少し行くと「すずらんの里」の駅があるのです。
富士見富士見

街の出口のY字路で国道と別れ、丘を上っていきます。
富士見富士見

すごい数の石仏群です。
森を抜けたところに一里塚がありました。
富士見富士見

北側の塚は小さめですが、説明板が立てられています。
右の写真は振り返って見た南側の塚です。
富士見富士見

小さな峠を越えてまた下ります。
富士見富士見

右下に国道20号、その向こうにJR中央線が走るのを見ながら青柳集落に入ります。
富士見富士見

青柳集落を抜けるとすぐに国道に合流して茅野市金沢宿になります。時刻は4時50分です。
富士見富士見

今日はここまでとし、少し離れた青柳駅に向かいます。今日の宿泊は一駅先の茅野のビジネスホテルです。

<平成20年11月>

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