飯能から吾野を経由する秩父往還は国道299号線沿いに正丸峠を越える街道である。
しかし、消滅して通行できないところが各所にあり探索も困難だが、一部を歩いてみた。
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※掲載地図は、国土地理院長の承認を得て、同院発行の2万5千分の1地形図を複製したものです。
(承認番号 平16総複、第659号)
- 武蔵横手〜東吾野
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西武線の飯能から3つ目の武蔵横手駅で下車します。
駅前には国道が走っており、それを少し秩父方面に行くと高麗川に架かる橋があり、それを渡ったところに踏切があるが、ここを横切るのが旧街道である。
少し逆行して左へ行ってみると高麗川を渡河するところに馬頭観音が建っていました。
踏切に戻り、ここから西に向かうとこの白子集落の各戸の前には屋号が掲出されている。かっての家並みの面影はまったくと言っていいほど無いが、観光案内板には秩父街道の記載がある。
(右の写真はクリックすれば拡大します)
その遊歩道に指定された道が再度、高麗川に接近したところに小さな木橋があり対岸に渡ります。
線路を渡った少し先までは行けるが、その先は藪とも畑地とも思える状態になり通行不能となる。
あぜ道伝いに回り道をして林道になった旧道を行くが、また行き止まりとなります。
国道に出て歩道を行きます。
- 東吾野〜鎌倉峠
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東吾野駅を通り過ぎた国道の脇には古い道標がありました。「山根村を経て毛呂二里越生三里」と書いてあります。
国道が高麗川と崖との間になる手前に川に下りる道がありました。昔は急な崖の大きな開削は出来ないためか、旧街道ではこのように渡河して行くところが到るところにあるのです。
回り道して対岸に出ると、小さな峠状のところがあり、すぐ先では西武線の線路に切り取られ、跨線橋も踏み切りもありません。しかたなく回り道をして線路の向こう側に出ます。
果樹園の脇を通って踏切を渡り、また高麗川を小さな木橋で渡り国道へ合流します。
さらに大型トラックの多い国道を進みしばらく行くと左に高麗川を渡って板組集落へ入る鎌倉橋があり、その道を行くのが鎌倉峠への道のようです。その橋のすぐ下流側にはかっての街道跡の石垣が見えます。
西武線をくぐり、その先で右に石仏を見ながら急坂を登りY字路は左の土道へ、その先を右の山道に入ります。Y字路のところに古い石の道標があるのだが文字は読めません。
(右の写真以下は1ヵ月後の4月に再訪したものです。緑が濃くなっています)
別荘のような1軒家と井上神社を右に見ながら道型のはっきりした草道を行きます。
まもなく鎌倉峠です。切通しになった峠で標高は240mくらいでしょう。この道は送電線の保守道になっているので峠までは概ね刈り払いがしてあります。
峠を下りますが途中までは踏み跡あるのだが、荒れており道筋もわからなくなります。木々の間に向こう側の集落が見えるし、国道を走るクルマの音も聞こえるのですが、残念ながら引き返すことにします。機会があれば向こう側から入ってみたいと考えます。
<平成17年3月>
鎌倉峠再訪
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