会津街道・諏訪峠

津川駅〜柳新田
諏訪峠地図 旧会津街道(新発田−会津若松)のうち、良く街道の面影が残っているとされる諏訪峠を津川側から越えてみました。 この会津街道は越後街道とも殿様街道とも呼ばれているようだ。
津川駅にはJR磐越西線で9時半に到着。津川の宿場は川の向こう側にあり駅から離れている。このため、津川宿には行かないで直に諏訪峠を目指すことにする。
駅の周辺にはコンビニ等は無いので、新潟でおにぎりを買ったのは正解であった。清涼飲料水の自販機はあったので、お茶を購入して出発する。
津川駅

※この地図は、国土地理院長の承認を得て、同院発行の2万5千分の1地形図を複製したものである。
(承認番号 平16総複、第410号)


諏訪峠 駅前からすぐの国道49号線に出て右へ少し行き、小川の流れる手前を右に入り磐越西線のガードをくぐります。 すると遠目に田んぼの中に説明板のある塚のようなものが見えた。早速行って見ると、ここには道標とお地蔵様があった。かってはこの場所を街道が通り、阿賀野川沿いに行く五泉方面への険しい道との追分でもあったようだ。今は耕地整理された田んぼの中だ。前後には街道らしきものは無いが、このような形でも保存されるのは昔が偲ばれる。

駅から旧街道の案内標識は下の写真の所までは無い。 2万5千分の1の地図を頼りに車道を峠に向かいます。まもなく新道は勾配を緩和するために大きくカーブするが、旧道が右に分岐しているのでその道に入ります。少し行くと左にカーブした先にありました、旧会津街道の入口です。標柱には石畳の道と表示されている。
ここの石畳の道は中山道や東海道のように大規模な改修はされていないが、表面は平らな石であり、埋もれたり流されたりはしてはいるが、刈り払いやメンテはしてあるので歩きやすい石畳だ。急坂では階段状になっている部分もある。
諏訪峠諏訪峠

次の車道とクロスするところには旧街道の説明板がありました。
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史跡
旧若松街道・一里塚
旧若松街道は、江戸時代の今の会津若松市と新発田市を結ぶ重要な街道であった。
この街道は、津川町角島から柳新田部落を経て、三川村行地に至る、約七キロメートルの諏訪峠越えの山道である。
今も、石畳道や一里塚などが残っており、参勤交代をはじめ人馬の往来で賑わった往時をしのばせている。地元ではこの街道を別名”殿様街道”とも言っている。なお、その後石畳道の修復を行っている。
指定 津川町教育委員会
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諏訪峠

途中にはあずま屋がひとつあるが、これはキャンプ場を兼ねているためか水道設備があるが、蛇口の水は出なかった。
しかし、この石畳は経年の状態からあまり良いとは言えないが、完全に修復されていないのが良いところで、雑木林の中を車道と何回もクロスしながら延々と続くのである。
諏訪峠諏訪峠

林道との交差では頭をぶつけないようにかがんで通る低い立体交差があり、まもなく柳新田に入る。
諏訪峠諏訪峠

柳新田は数軒の小さな集落で、静かで雰囲気の良いところだが、犬に吠えられた。街道は芝生に覆われた綺麗な道なのだ。
民家も旧旅籠を思わせる造りになっている古い家だ。
諏訪峠諏訪峠

柳新田〜諏訪峠
柳新田を抜けると「柳新田の桂」と「石畳道終点」の標識があり、道は細くなって森の中に入っている。 この桂の木は樹齢300年、目通り7m30、高さ32mとの説明有り。道はまっすぐに続いているので700m先の巨木まで山道を登ってみる。 この道、ちょっと道が狭いので旧会津街道とは違うのでしょう。
この巨木、正面からはまっすぐに見えるが、横から見ると傾いている。やはり雪で押されるのでしょう。 巨木から先にも細い山道が続いているが、木々が追いかぶさっており、来た道を戻ることにします。
諏訪峠諏訪峠

集落に戻ると地元の年配の人がいたので、旧街道の道順を訊ねるが、耳が遠いようで話がうまく伝わらなく残念でした。ここから先の旧街道が不確かなのだが、すぐ下の車道に出て諏訪峠を目指します。集落の出口の分岐点には自然歩道の案内板が建っており、この車道が諏訪峠を目指しているようだ。 一般車はここで通行止めの標識が出ている。
諏訪峠諏訪峠

車道を歩きながら旧道らしき分岐が無いか注意しながら行く。どう見てもこの車道の造りから旧街道を舗装したものとは思えないのだ。途中、道路わきに湧き水が有り、津川駅前で買ったお茶のペットボトルが空になっていたので補給する。
その先、逆ト字路を案内に従って左に登ってしばらく行くと一里塚がありました。小さめだが、対できちんと残っているのだ。旧道はその間を通っているが舗装路はそれを迂回して上っている。ここで判断するとこの舗装された車道は大部分が旧街道なのかも知れません。その先に一部砂利道になるところが2箇所あるが、砂利が雨水で流されたところには石畳らしきものが露出して見えるのだ。石畳を保護するためにコンクリート舗装にはして無いのかも知れません。
諏訪峠諏訪峠

無線中継塔や送電鉄塔が近くに見えてくると諏訪峠に到着です。ここまで途中昼食休憩を含めて所要3時間。
峠は結構広く、あずま屋や木製のベンチがあるが、人があまり入らないのか草に覆われている。 また送電線の保守の関係であろうか、周辺付近は樹木が伐採されて津川の町も良く展望できます。ここは津川町と三川村の境である。
車道はこの先、無線中継所まで上がっているようだ。ここまでの峠道もこの中継所のために舗装されたのでしょう。また中継所用の配電線も道沿いにずっと上がってきている。中継所というか、これは携帯電話の基地局でしょう。
諏訪峠諏訪峠

諏訪峠〜行地〜新谷
諏訪峠地図 広々とした感じの諏訪峠で少し休憩し、三川村行地に向かって下ります。ここからの道は国土地理院の地図には記載が無いため、標識などに注意を払いながら進みます。
しばらくは高圧線の近くを行くため、樹木の無い草原状のところを下ります。すぐ先で2手に別れるところはどちらを行ってもすぐに合流するが、街道は右の森の中に入る。合流したところに「石畳」の標柱があり、路面の草の間に石が見える道になる。
諏訪峠
諏訪峠

※この地図は、国土地理院長の承認を得て、同院発行の2万5千分の1地形図を複製したものである。(承認番号 平16総複、第410号)



急坂を下りたところで林道と交差して、また森の中に入って行きます。ここで自転車(MTB)を押した一人の旅人とすれ違う。ブヨに食われて往生しているようだ。自分の場合は徒歩で手が空いているので、顔にブーンと来たらすぐに追っ払えますが。
やはり森の中の特に掘割型の道は街道の雰囲気が良いのだが、ブヨには用心しなければすぐに刺されます。。。
諏訪峠諏訪峠

少し行くと大きなシイの木が2本、道のそばにあった。樹齢は200年とか。
その先で、土砂崩れで道がふさがっているところがあった(右の写真)が、結構古いことのようで、すぐ左の木の間を抜けてその先の道に下りるようになっていた。機械を入れなければ元に戻すのは無理そうで、歩行者は通れるのでそのままにしているのでしょう。
諏訪峠諏訪峠

その先には「中の茶屋跡」の説明板があるが、付近には何の形跡も無い。ここで写真を撮っていると、ガサガサガサッと動物が藪の中を走るような音がして、すぐ止まった。まあ熊では無さそうなのだが、先を急ぐことにする。
諏訪峠諏訪峠

この諏訪峠はここにも一里塚があった。こちらも対で残って保存されている。
その先、しばらく行くと周囲も開けてきて萱草畑の中に石畳も少しあり、集落の音(機械のエンジンの音)が聞こえてくるが、稲の実った水田のところには鳥避けの「ドカン音」の出る装置があり、びくびくしながら通り抜ける。
諏訪峠諏訪峠

行地集落に入ると民家の池では大きな鯉が泳いでいた。そう、新潟は鯉の産地なのですね。鯉を見ていたその時、ドカーンという音が聞こえたのだ。
行地は山の斜面の静かな集落だが、藁葺き屋根もみんなカラートタンに覆われてしまっている。
諏訪峠諏訪峠

ここからさらに新谷まで歩くことにするが、すぐには案内標識が見つからなくて、少し地図を頼りに近道を行くと、住人の人がいたので確認してオンロードになる。
ここから新谷までの旧街道ははっきりしないが、クルマのまったく通らない1.5車線の舗装道路を約1時間歩いて新谷のバス停に到着した。
新谷新谷

●今回の諏訪峠越えは「越の山路」を参考にさせて戴きました。

<探査日:平成16年9月>




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