和田宿〜長久保宿

中山道の熊谷宿以西で最後まで歩けていなかった和田宿-長久保宿です。

和田宿

8年前、下諏訪から和田峠を越えてこの和田宿まで歩きました。今日は残りの長久保宿迄です。

今回は歩行約8Kmだけなのでクルマの日帰りです。クルマは長和町役場に置かせてもらい、 役場近くの長久保バス停から「男女倉行き」の12:33発の長和町巡回路線バスに乗ります。バスには下車用ボタンがあるだけで料金表示や路線図、案内もありません。多分地元の人しか利用しないのでしょう。
どこでバスを降りようかバス停名がわからなかったので、運転手氏に聞いて「和田宿の外れの国道の手前」で下ろしてもらいました。このバスはほぼこれから歩く旧中山道を走るのです。 途中、日帰り温泉施設などに立ち寄って25分ほどで下車します。料金は¥100でした。
長和長和

バスを下車した近くには「公民館前」というバス停がありました。今日はここから和田宿を見ながら進み、長久保まで歩きます。
ここは和田宿の西の外れです。通りは静かで、民家の前には道祖神があります。
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少し歩いて行くと「高札場跡」の説明が立っていました。高札場は昔の掲示板のことですね。
古い蔵もあります。
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門構えの家があるが、門の前は草が生えています。
右は「脇本陣」です。皆今も住居として使用されているようです。
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これは石置き屋根の本陣ですが、どういうわけか入口が街道の横を向いています。有料で見学が出来ます。
右は商家だった家で、今は蕎麦屋の看板が出ていました。
この手前には上和田というバス停があり、公衆トイレも完備されています。
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和田宿は現在、町並み保存地区には指定されていないためか新しい家も多く、古い町並みは点々としている状況です。
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商家を利用した資料館も12月に入って冬季閉館になっていました。
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小中学校の前を通り、宿の出口まで来ました。東側から見れば「是より和田宿」の大きな石碑と案内地図が目立つところに立てられています。
(右の写真はクリックすれば拡大します)
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下和田〜長久保へ

しばらく道なりの街道を行くと「芹沢一里塚跡」の碑があります。塚が残されていないのが残念なところ。
その先、石仏群もあります。
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下和田の集落です。ここは宿場では無いので古い家はほとんど残っていません。
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石仏はところどころにあり、道もほとんどクルマが通りません。静かです。
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和田宿内にもいくつかあったが、このように水(湧き水?)が出ています。コップが置いてあるので飲用出来るのでしょう。
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藁ぶき屋根のバス停がありました。
その先、右へ急カーブして国道に合流するところにあずま屋のあるミニ公園があります。かつての街道は公園内を真っ直ぐ進んでいたようだが、今は国道バイパスが出来て国道の方が真っ直ぐになったようです。
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国道に出たところで路線バスとすれ違いました。
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国道に合流して100mほど行ったところで右の階段を下りるのが旧街道です。
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旧街道らしい細道で橋を2つ渡った先のT字路で左に行きます。
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ここからは国道152号線を行きます。歩道が無いので歩きには注意です。
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その先、左に入る砂利道の旧街道がありました。
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長久保宿

砂利道の旧街道もまた国道に合流します。そのところに「一里塚跡」の説明板が街道を背にして国道側を向いて立っています。ここも塚は消滅しています。
(左の写真はクリックすれば拡大します)
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国道のY字路は右に行って次のY字路は左に入れば長久保宿になります。
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この辺りに枡形(道がクランク型)の旧道があったようなのだが良くわかりませんでした。
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長久保宿も古い出桁造りの家が点々と残っています。家々に屋号も掲げられています。
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宿内のト字路の交差点で中山道は右に曲がって坂道を笠取峠に向かうのです。坂道の途中には本陣が保存されています。
この先は8年前に逆方向に歩いてきたところです。
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これでやっと熊谷宿から京都三条までの旧中山道をすべて歩いたことになります。でもまだ日本橋から熊谷までの区間は残ります。
<平成27年12月>

次は和田峠から和田宿へ


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