八高線の異なもの
・アプトのラックレール

 八高線の小川町駅東のガード脇に旧信越線碓氷峠のアプト式ラックレールが側溝の蓋として使われている。 ここは駅から駅裏にある小川高校への通学路で、東上線と挟まれた所である。結構大きな側溝に使われている。 説明書きも何も無いので、この道を通る人もあまり知らないのでは無いだろうか。
アプトラックアプトラック"

・多摩川の車輪
八高線事故
 終戦直後昭和20年終戦直後、豪雨の中の拝島−小宮間の多摩川鉄橋上で列車が正面衝突して転覆した大事故がありました。その残骸の一部である車輪が最近になって河原に露出しているのを見ることが出来るのです。草むらに隠れるような状態なので、気をつけて見ないとわかりにくい状態です。
 この事故のことは河川敷の立て札に書いてありますが、車輪のことは書いてありませんでした。

(現在、この車輪は別のところに移されて保存されているという話がありました。)
車輪 多摩川鉄橋

・高麗川事故
八高線事故
 多摩川鉄橋事故の後の昭和22年、今度は高麗川で単独転覆事故が発生しました。 下り列車で高麗川駅を直前にした下り勾配千分の20、半径200mのカーブで起こりました。ブレーキが効かなかったのか速度が出すぎたため、後ろ4両の木造客車が築堤下の畑に横転し転落してしまったのです。 この事故では死者184名、負傷者497名でした。日本最悪の鉄道事故が八高線にあったことは八高線ファンとしては本当に残念なことであります。また牽引機のC57は無事で、その後もお召し列車にも使われたそうです。
 事故の慰霊碑は現地に建てられています。前は木製の碑でしたが今はコンクリートになっていました。

 福知山線でJRになってから最悪の大きな事故が起きてしまいました。改めて犠牲者のご冥福をお祈りいたします。
高麗川のカーブ

・古い記念碑
古い記念碑
 松久の駅を訪問したとき、駅前に古い記念碑(残骸?)を見つけました。
読みにくいですが、「側線完成記念 昭和19年2月」と書いてあるようです。その側線は既に廃止になってしまっています。


・廃止された横断通路
東福生の通路
 交換駅にはしばらく前まではよくあった線路の渡り通路ですが、最近はほとんど廃止されて、跨線橋になってしまいました。 東福生駅も数年前に廃止になりましたが、その跡は旧駅舎とともに良く残って(保存?)います。


・2段層のホーム
ホームの2段層
 よく見る光景だが、八高線の電化時にホームが嵩上げされたことが良くわかる。 今までの低いホームは壊さずに、上にコンクリートの板を乗せた構造になっている。 (小宮〜東飯能駅)
尚、高麗川駅は気動車も入るため、低いままのホームである。


・変な跨線橋(倉賀野駅)
倉賀野駅の跨線橋
 倉賀野駅の跨線橋(自由通路)は留置線の上で3段の段差があるのだ。 下の線路も平坦であり、跨線橋だけが変なのである。どなたか、この訳をご存じの方、教えて下さい。


・八王子タワー?(北八王子−小宮)
北八王子駅から見たタワータワーの下を走る八高線103系"
 八高線には直接の関係はないが、北八王子駅を出た下り電車の左手に赤と白に塗り分けた高い塔がそびえ立つ。 ここは住宅都市公団の技術試験場である。このタワーは高層住宅の実験設備のひとつであり、超高層からの排水などの実験を行う塔で、高さ108m、換算では35階分の高さに相当する。平成6年に完成した。

・長い踏切(拝島駅)
長い踏切
 拝島駅構内を渡る踏切は歩行者専用であるが、青梅・八高・西武線と構内線を渡るため、その長さは100m以上あり、途中で曲がっているため入り口から出口が見えない。 遮断機は青梅線のものと八高・西武線用に分かれている。
 拝島駅には自由通路が無いため、北側にある団地の人たちが買い物などに頻繁に利用する踏切である。
 PS:この踏切は拝島駅橋上駅舎に自由通路とエレベーターが出来たため、まもなく廃止されるとのことです。


・平地にガード(小宮−拝島)

 電車のガードは普通、線路をまたいだり、道路や川などを渡る部分に造られます。八高線のここは四方とも平地なのにガードになっています。 ここは戦時中まで下を旧五日市鉄道が走っていた跡なのです。今ではそのガードだけが残されて、廃線跡は埋め立てられて不思議な光景になっているのです。
 ここは小宮方から多摩川を渡り、さらに新奥多摩街道を越したちょっと先で、気をつけているとほんの瞬間ガードを渡る音がするのである。


・小さな橋上駅(東福生)

 東福生駅は歩道橋のような小さな階段の上に小さな駅舎がある。
地上にはりっぱな造りの旧駅舎がそのまま残されている。。
 左の写真が現在の橋上駅舎。右の写真の中央が旧駅舎。旧ホームの跡も見える。
 東福生は横田基地の最寄り駅。年に1回の「横田基地カーニバル」の日は大賑わいとなる。
小さな橋上駅旧駅舎
・両側の壁(東福生−箱根ケ崎)

下り電車が箱根ケ崎駅に近づく手前で両側に壁があるところを通過します。 これは以前、電化前まではトンネルだったところで、架線を張るためにトンネルの天井を削除した跡なのです。 かってはトンネルの上には土が盛ってあり、空路直下のここは飛行機の事故から列車を守る設備だったのです。



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